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まず――「LDLは低ければ低いほど良い」
脂質異常症を放置すると「動脈硬化」が進み、心筋梗塞や脳卒中などの重大な病気を引き起こすリスクが高まります。すでに血管にプラークが付着したり、心筋梗塞・狭心症などの既往がある方はより厳しくLDLコレステロール値を低下させ、維持する必要があります。
最近の研究では、「LDLコレステロールは低ければ低いほど、心筋梗塞や脳卒中を起こしにくい」ことが明確になっています。
実際、LDLを 50 mg/dL 以下、さらには 30 mg/dL 台まで下げても副作用の増加はみられず、心血管イベントがさらに減ることが報告されています。
そんな中で、2025年に高LDLコレステロール血症の治療薬 「ネクセトール®(一般名:ベムペド酸)」が新たに承認されました。本日はこの新たな脂質異常症の治療薬「ネクセトール®」について解説します。
ネクセトールとは? ― 新しいタイプのコレステロール薬
ネクセトールは、肝臓でコレステロールを作る流れの“上流”をブロックすることで、血液中のLDLコレステロールを下げる新しいタイプの薬です。
これまで広く使われてきた「スタチン系薬」は、肝臓の中で働く酵素(HMG-CoA還元酵素)を抑えることでコレステロールを減らします。一方、ネクセトールはそれよりも一段上流の「ATPクエン酸リアーゼ(ACL)」という酵素を抑えることで、コレステロールの“材料づくり”を早い段階から止める働きがあります。
簡単に言うと、
「コレステロールが作られる前の材料の段階で止める」
という仕組みです。
米国や欧州では既に実用化されており、スタチンだけでは効果不十分な方やスタチンの副作用で治療継続が難しい方に対する新たな選択肢として期待されています
どんな人に向く?――ガイドラインでの位置づけ
スタチンが体質的に合わない(筋肉痛症状など)、または最大量使っても目標に届かない。そんな時の追加・代替の選択肢として、ベムペド酸が明確に取り上げられています。2025年のESC/EASフォーカスアップデートでは、スタチン不耐の患者に対する治療薬として強く推奨され、スタチン+エゼチミブ併用でも未達の場合の追加候補としても位置づけられています。実際には、「スタチン→エゼチミブ追加→(未達なら)ベムペド酸やPCSK-9阻害薬(注射薬)を早めに追加」が基本です。
世界のガイドラインでも注目 ― LDLの目標値は?
2025 年8月に発表されたヨーロッパのガイドライン(ESC/EAS)では、LDLコレステロールの目標値がさらに厳しくなりました。
- 高リスクの人では 70 mg/dL 未満、
- 非常に高リスクの人では 55 mg/dL 未満、
さらに一部では 40 mg/dL 以下 を目指すことも提案されています
この流れの中で、ベムペド酸(ネクセトール)はスタチンが使えない患者への第一選択肢(Class I 推奨)として正式に位置づけられました
従来薬との違い ― 筋肉への負担が少ない
従来のスタチン薬(ロスバスタチン・アトルバスタチンetc)は非常に効果的ですが、一部の人では筋肉痛やだるさといった副作用が出ることがあります。ネクセトールは、大部分が肝臓で活性化される構造をしており、筋肉ではほとんど作用しません。
このため、筋肉に関する副作用が起こりにくいとされています。スタチンで副作用が出た人、または十分にLDLが下がらなかった人にも使いやすい薬です。
さらに、注射で使う「PCSK9阻害薬」などの治療と違い、毎日1回飲むだけの内服薬である点も大きなメリットです。
どれくらい効果があるの? ― 臨床試験の結果
日本で行われた第III相試験(CLEAR-J試験)では、スタチンだけでは効果が不十分な方や、スタチンを使えない方にネクセトールを12週間投与しました。その結果、
- LDLコレステロールが平均25%低下
- 偽薬(プラセボ)群の3%低下に比べて明らかな改善効果
欧米の大規模研究(CLEAR Outcomes試験)でも、約14,000人を平均3.4年間追跡した結果、
- 心筋梗塞など重大な心血管イベントの発生を13%減らす
- 特に心筋梗塞発症のリスクだけみると約23%も減少
つまりネクセトールは、「コレステロールを下げるだけでなく、心臓や脳の病気の予防にもつながる」ことが示されています。
副作用と注意点
ネクセトールは安全性が高い薬ですが、次の点には注意が必要です。
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①尿酸の上昇・痛風発作
尿酸値が上がることがあり、痛風を起こす人もいます。痛風の既往がある方は、定期的に尿酸をチェックします。
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②腱の炎症
アキレス腱などに炎症が出ることがあります。突然のふくらはぎ痛や腫れが出た場合はすぐに受診を。頻度は高くありませんが、高齢の方、フルオロキノロン系抗菌薬やステロイド薬を併用中の方、腱障害の既往がある方では特に注意が必要です。
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③肝機能・腎機能の変化
軽い肝機能値の上昇や下痢、貧血などが見られることがありますが、多くはごく軽度で自然に改善します。
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④一部スタチンとの相互作用
- シンバスタチン/プラバスタチンの高用量併用は避けるなど、組み合わせに調整が必要な場合があります。一方で、スタチンで見られるような重い筋肉障害はほとんど報告されていません。
まとめ ― 脂質異常症治療の新たな選択肢
ネクセトール(ベムペド酸)は、
- 肝臓でのみ作用し筋肉への負担が少ない
- 毎日1回飲むだけの経口薬
- LDLを約25%下げ、心臓病のリスクも減らす
という特徴を持つ、新しいコレステロール治療薬です。
特に、スタチンで十分な効果が得られない方や副作用で使用が難しい方にとって、有望な新しい選択肢となります。
健康診断で「コレステロールが高い」と言われたら、ぜひ医師に相談してみましょう。生活習慣の改善とあわせて、あなたに合った治療法を見つけることで将来の心筋梗塞や脳卒中を防ぐことができます。
参考文献
- 大塚製薬株式会社. ネクセトール錠 製造販売承認取得 ニュースリリース (2025)
- Yamashita S et al. 2025 Jul 25;89(8):1256-1265.
- Nissen SE et al. NEJM 2023; 388:1353–1364
- ESC/EAS 2025 Focused Update on Dyslipidaemias
- 日本動脈硬化学会「動脈硬化性疾患予防ガイドライン 2022」
- 2019 ESC/EAS Guidelines for the management of dyslipidaemias
- Nicholls SJ, et al. Impact of Bempedoic Acid on Total Cardiovascular Events. JAMA Cardiol.