日本に900万人以上の患者がいながら、適切な治療を受けているのはわずか数十万人。この病気のほんとうの怖さを、最新のデータでお伝えします。
疫学データ
睡眠時無呼吸症候群(SAS)とは、睡眠中に呼吸が止まる(無呼吸)または極端に浅くなる(低呼吸)を繰り返す病気です。1時間あたりの無呼吸・低呼吸の回数を「AHI(無呼吸低呼吸指数)」と呼び、5回以上で診断基準を満たします。
2019年に発表された大規模研究では、日本における中等症以上(AHI 15以上)のSAS患者数が約940万人と推計されています。ところが、代表的な治療法であるCPAP(持続陽圧呼吸)療法を受けている患者数は約64万人前後に過ぎません。
中等症以上の推定患者数
(2019年推計)
CPAP治療を受けている患者数
(全体の約7%未満)
日中の眠気を自覚していない
SAS患者の割合
肥満ではない
日本のSAS患者の割合
⚠ なぜこんなに未治療者が多いのか?
SAS患者の約半数は日中に眠気を感じておらず、約3〜4割は肥満でもありません。「眠れている」「太っていない」「眠くない」という3つの思い込みが、受診の壁になっています。
世界の睡眠時無呼吸症候群 推定患者数と未治療の現実
出典:Benjafield AV, et al. Lancet Respir Med. 2019; 内科学会誌 2021; 山口県医師会SAS資料 2024
📌 ポイント
90%以上が未診断・未治療というデータもあります。「いびきが気になる」「夜中に目が覚める」「朝スッキリしない」という方は、SASの可能性を疑ってみてください。
体重とSASの深い関係
SASの最大のリスク要因のひとつが体重増加です。ウィスコンシン大学の大規模コホート研究(Wisconsin Sleep Cohort Study)では、体重が10%増えるとAHIが約32%増加し、中等症〜重症のSASになるリスクが約6倍に跳ね上がることが示されています(Peppard PE, et al. JAMA. 2000)。
逆に体重が10%減ると、AHIは約26%改善します。適度な体重管理がSASの予防・改善に直結するということです。
体重変化とAHI変化の関係(Wisconsin Sleep Cohort Study)
出典:Peppard PE, Young T, Palta M, Dempsey J, Skatrud J. Longitudinal study of moderate weight change and sleep-disordered breathing. JAMA. 2000;284(23):3015-3021.
森槌らが日本人OSA患者を対象に行った研究(日本呼吸管理学会誌, 2002)では、20歳時からの体重増加量とAHIの間に明確な正の相関が認められました。体重増加が大きい患者ほど重症(AHI 30以上)の割合が高く、「若い頃から少しずつ太ってきた」という方が最もリスクの高い群に集中する結果が示されています。
20歳よりの体重変化と閉塞性睡眠時無呼吸症候群(森槌ら,2002)
横軸:20歳時からの体重増加量(kg) 縦軸:AHI(無呼吸低呼吸指数、回/時) 破線:回帰直線
出典:森槌 他. 日本呼吸管理学会誌 11:440-444, 2002. ※論文の傾向に基づく再現図(原著の数値を参照のこと)
💡 アジア人特有のリスク
日本人を含むアジア系は、欧米人より肥満度(BMI)が低くてもSASを発症しやすいとされています。日本人SAS患者の30〜40%は肥満ではありません。小顎症(あごが小さい)などの顔の骨格的な特徴も影響しているためです。
SASが引き起こす健康被害
SASは単なる「いびきの病気」ではありません。睡眠中に繰り返す無呼吸によって全身が低酸素状態になり、心臓や血管に大きな負担がかかります。放置すれば、高血圧・心筋梗塞・脳卒中・不整脈などの重大な病気のリスクが大幅に上がります。
無呼吸が起きるたびに交感神経が緊張し、血圧が急激に上昇します。オムロンヘルスケアと自治医科大の研究では、約28%の患者で無呼吸時に160mmHg以上に達し、200mmHgを超える場合もあることが確認されています。
未治療のSAS患者の約50%が高血圧を合併。特に夜間だけ血圧が上がる「仮面高血圧」が起こりやすく、通常の血圧測定では見逃されます。重症SASでは治療抵抗性高血圧のリスクが2〜3倍になります。
無呼吸のたびに胸の中の圧力が激しく変動し、心臓に物理的な負荷がかかり続けます。SAS患者は心房細動(脈の乱れ)発症リスクが2〜4倍高く、60歳以上で特に顕著です。
脳卒中のリスクは健常者の約2〜3倍とされています。また心筋梗塞や突然死などの循環器疾患発症リスクは3〜4倍という報告も。さらに、夜間睡眠中の発症が2.5倍多いというデータもあります。
SASによる主要疾患リスク上昇(健常者比)
出典:森下駅前クリニック SAS解説 2025/オムロンヘルスケア 研究報告 2015
交通事故との関係
SASの深刻な社会的問題のひとつが、交通事故リスクの増加です。睡眠の質が低下し、日中の集中力や覚醒度が落ちることで、居眠り運転が起きやすくなります。
2003年、山陽新幹線の運転士が
重症SASを抱えたまま居眠り運転。
その後も高速道路での大事故が続いた。
この事件をきっかけに、SASと安全運転の関係が広く認知されるようになりました。
「エプワース眠気尺度(ESS)」は、日中の眠気を自己評価するアンケートです。11点以上で眠気が強いと判断されますが、ESSの点数とSASの重症度(AHI)は必ずしも一致しません。
複数の研究で、ESSとAHIの相関は弱いことが報告されています。つまり、「眠気を感じていない=SASではない」は誤りです。重症のSASを抱えていながら、ESSでは正常範囲に収まってしまう患者が多くいます(Frontiers in Neurology, 2024 / NCBI Bookshelf, 2019)。
ESSの点数区分と解釈
| ESS合計点 | 眠気の評価 | SASとの関係 |
|---|---|---|
| 0〜10点 | 正常範囲 | 要注意:重症SASでも10点以下になることがある |
| 11〜15点 | 軽度〜中等度 | 専門医への受診を推奨 |
| 16〜24点 | 重度の眠気 | 居眠り事故リスクが顕著に上昇 |
出典:Johns MW. Sleep. 1991;塩見利明 他. 国際交通安全学会誌. 2010
SAS患者のESS重症度別・居眠り運転事故率(国内研究)
出典:塩見利明 他. 国際交通安全学会誌. 2010(SAS患者1,867名対象)
⚠ 最も重要なポイント
「眠気はないのに運転中ヒヤっとしたことがある」「いびきをかくと言われているが眠気はない」という方でも、重症SASが隠れている可能性があります。ESSが低いからといって安心は禁物です。客観的な睡眠検査が唯一の確認手段です。
SAS患者と一般ドライバーの事故リスク比較
出典:山口県医師会 SAS健康教育テキスト / Savransky V, et al. Nat Rev Cardiol. 2007
受診のサイン
😴
朝起きても疲れが取れない
何時間寝ても眠い・頭が重い
💤
いびきをかくと言われている
特に大きないびき・途切れるいびき
⚖️
20歳より体重が増えた
特に10kg以上増えた方
🚗
運転中にヒヤっとした
眠気がなくても注意散漫になる
💊
高血圧の薬が効きにくい
治療抵抗性高血圧の方
🌙
夜中に何度も目が覚める
息苦しさや窒息感で目覚める
✅ 検査について
SASの診断には睡眠中の呼吸状態を調べる検査が必要です。簡易検査は自宅でできるものもあります。検査には保険が適用されるため、気になる方は一度クリニックにご相談ください。
参考文献
SASは検査なしに自己判断できません。眠気がなくても、痩せていても、重症な場合があります。
早期発見・早期治療が、健康と安全を守ります。